UPCOMING ARTIST | ライヴ・チケット・アーティスト情報

今世紀最大のロック・バンドNICKELBACK本人達が切望した日本武道館での単独公演が決定!!
全世界でのアルバム・セールスが5,000万枚を越えるモンスター・ロック・バンドの姿を目に焼き付けろ!!

お知らせ

  • チケットを発送しました。(10/15[mon])

公演日程・チケットチケットに関するよくある質問

公演日・会場
12/3(月)東京 日本武道館
OPEN 18:00 / START 19:00
TICKET発売
当日券:18:00~会場当日券売場にて販売
¥9,000-(税込/全席指定)
グッズ販売:16:00~ 販売予定
9/29(土)10:00~TICKET ¥8,500-(税込/全席指定)
※未就学児(6歳未満)のご入場をお断りさせていただきます。
▼当日引換券(公演日前日まで)
イープラスeplus.jp
チケットぴあ:0570-02-9999 Pコード:180-264
ローソンチケット:0570-084-003 Lコード:71161
CNプレイガイド:0570-08-9999
▼プレイガイド
イープラスeplus.jp
チケットぴあ:0570-02-9999 Pコード:180-264
ローソンチケット:0570-084-003 Lコード:71161
CNプレイガイド:0570-08-9999
セブンチケット:セブンコード 019-495
*セブン-イレブン店頭マルチコピー機にてご購入いただけます。
JTBエンタメチケット: 0570-03-0311(10:00~18:00)
カンフェティhttp://www.confetti-web.com/
チケットJCBhttp://ticket-j.com/
※0570で始まる電話番号は、一部携帯・PHS不可
INFO クリエイティブマンTEL:03-3499-6669
主催;ニッポン放送
総合主催・企画:LIVE NATION JAPAN
制作・招聘:クリエイティブマンプロダクション
協力:ワーナーミュージック・ジャパン

Biography

NICKELBACK
カナダのアルバータ州ハンナという小さな町で育ったチャドとマイクのクルーガー兄弟と、近くのブルックスという町で育ったライアン・ピーク。この幼馴染の3人が音楽で生活していく事を決め、ブリティッシュ・コロンビア州のバンクーバーに拠点を移したのが1996年の事。そしてこの年、ニッケルバックの歴史が幕を開ける。

結成当初のドラマーはチャドの従兄弟でもあるブランドン・クルーガが務めていたのだが、最終的にライアンの幼馴染であり同じブルックス出身のライアン・“ニック”・ヴィッケダールが正式に加入、バンド名も「ニッケルバック」と決め、本格的な活動を開始する。ちなみに彼らのバンド名は、マイクが地元のスターバックス・コーヒーでアルバイトをしていた時にいつも言っていた言葉、「Here’s your Nickel Back(5セントのお釣りね)」からとったもの。彼らは地元の自主レーベルからEP『ヘッシャー』(1997年)とアルバム『カーブ』(1998年)をリリース、地元のラジオ局の積極的なエア・プレイというバックアップ、そして精力的なライヴ活動を通して一気にその知名度をあげ、カナダで一躍人気者の仲間入りを果たす。その後もその人気はうなぎ上りとなり、メジャー各社争奪戦の末、ロードランナー・レコードとワールドワイドの契約を結ぶ。 まず99年にメジャーでのファースト・アルバムとなる『ザ・ステイト』をカナダで発表、翌年2000年に全米でもデビューを飾る。地元カナダではこのアルバムからカットしたシングルが2枚ともロック・チャートのトップ20にランク・インされるなど、その大人気ぶりを見せ付けていたのだが、その流れはそのまま全米に飛び火し、「ブリーズ」や「リーダー・オヴ・メン」といった楽曲がラジオでエア・プレイされ続けたのに加え、当時既に全米No.1バンドであった3 DOORS DOWNやCREEDらに同行したツアーを含め計200以上ものステージに立つなど積極的に活動を続け、着実にその知名度と人気を上げて行く。結果新人のデビュー・アルバムにもかかわらず30万枚を越えるセールスを記録、地元カナダではJUNO AWARDS(カナダ版グラミー賞)でKITTIEらを押さえ“最優秀新人賞”を獲得、輝かしくそのデビューを飾る。 長いツアーを行った直後にバンドはセカンド・アルバムの制作に突入、プロデューサーにはリック・パラシャー(PEARL JAMやALICE IN CHAINS等を手がける)、ミキサーにランディ・スタウブ(BON JOVI、METALLICAなどを手がける)という最強のラインナップを迎え、『シルヴァー・サイド・アップ』を完成させる。アルバム発売に先駆けて発表されたシングル「ハウ・ユー・リマインド・ミー」がいくつものラジオ・チャートでTop10に入るなど脅威の躍進を見せ、期待の膨らむ中2001年9月に『シルヴァー・サイド・アップ』を発表、その期待に応えるかのようにこのアルバムは全米アルバム・チャート初登場第2位を記録、その後も30週間にわたりTop25にチャート・インし続けるという快挙を成し遂げる。その後も躍進を続け、「ハウ・ユー・リマインド・ミー」はビルボード・シングル・チャートで4週連続1位、15週連続Top3入りを記録、その後も長期にランク・インを続け、アルバムも全米で700万枚を超えるセールスを記録するモンスター・アルバムとなった。その全米の状況は世界中に飛び火し、同作品は世界各国でゴールド/プラチナ・ディスクを獲得している。 バンドはその後も休む事無くツアーを続け、10,000人を超えるキャパシティの会場でヘッドライナー・ツアーを務めるなど積極的にライヴ展開を行い、2002年1月から2月にかけてカナダを、2月中旬から11カ国にわたるヨーロッパ・ツアーを敢行、5月に初来日ショウケース公演を果たし(ちなみに一夜限りのプレミアム・ライヴのチケットは発売僅か5分でソールド・アウト)、その後も全米をくまなく回り、ほぼ1年をツアーに費やしている。ツアーの最中に曲を作り他アーティストに提供したり、新人バンドのプロデュース、そして映画のサウンドトラック用の楽曲も手がける(最も目立った所では『スパイダーマン』の主題歌として使用されたチャド・クルーガー名義のシングル「ヒーロー」だろう。この楽曲は世界中でスマッシュ・ヒットを記録している)など八面六臂な活動を続けており、またその間に発表したアルバムからのリカット・シングル曲(「トゥー・バッド」「ネヴァー・アゲイン」)も軒並みチャート1位を獲得、ニッケルバックの楽曲がシングル・チャートTop10に3曲同時にランク・インするという快挙まで成し遂げており、その人気を不動のものとする。最終的に『シルヴァー・サイド・アップ』は4つのグラミー賞にノミネートされた他、4つのビルボード・アウォードと4つのカナダ・ジュノー・アウォードを受賞、また楽曲「ハウ・ユー・リマインド・ミー」はビルボード誌により「2002年度最もラジオでかかった楽曲」として認定されてるなど数々の記録を打ち立て、トップ・バンドとしての地位に君臨するバンドとして世界中にその名を馳せる事になる。

そして長いツアーが終わった2002年12月からすぐにバンドは次なるアルバムの制作にとりかかると同時に、長年の友人でもあるジョーイ・モイと共に自らのレーベル604 RECORDSを立ち上げ、カナダの若手バンドの育成もスタートさせる。そしてジョーイ・モイと の共同プロデュースという形で2003年4月から本格的にレコーディングを開始、3作目となる『ザ・ロング・ロード』を同年9月に発表、モンスター・アルバムとなった前作の勢いをそのままに、リード・シングルとなった「サムデイ」は全米ラジオ局のみならず世界中で驚異的なエア・プレイを獲得し、最終的に全米で300万枚を、世界中で700万のセールスを記録するヒット作となった。『ザ・ロング・ロード』では3つのグラミー賞にノミネートされた他、6つのラジオ・ミュージック・アウォードのノミネート、アメリカン・ミュージック・アウォードにもノミネートされるという記録を打ち立てている。アルバム発表後も精力的にツアーを続け、2004年にはまずSTAINDと、そして3 DOORS DOWNとPUDDLE OF MUDとのパッケージ・ツアーを含む大規模なワールド・ツアーを行っており、アルバムとはまた違った骨太なストロング・スタイルのロック・パフォーマンスと、ラジオでのスマッシュ・ヒット、そして曲自体の持つパワーで、現音楽シーンにおいて確固たる地位を確立した。

『ザ・ロング・ロード』に伴うツアー終了後、ドラマーのライアン・ヴィッケダールがバンドを脱退するも、新たに元3 DOORS DOWNのドラマーであったダニエル・アデアを迎え入れ、バンドは次なるアルバムの制作に入り、2005年、今世紀最大の大ヒット・アルバムとなった『オール・ザ・ライト・リーズンズ』を発表。先行シングル「フォトグラフ」のラジオでの大ヒットを受け、このアルバムは全米ビルボード・チャート初登場1位に輝き、その後も週間にわたりビルボードTOP 30にチャート・インし続け、アルバム総売上は全米だけで800万枚を超えるセールスを、全世界では1100万枚以上を超えるセールスを記録しており、ビルボード誌から「今世紀最大の大ヒット・ロック・アルバム」と称される事となった。今作からは先行シングルの「フォトグラフ」の他、「ファー・アウェイ」「セイヴィン・ミー」「イフ・エヴリワン・ケアード」「ロックスター」と立て続けにシングル・カットされ、全ての楽曲でNo. 1を獲得、圧倒的な存在感を放つモンスター・ロック・バンドとして現ロック・シーンに君臨する事となった。BON JOVIとのツアーや最大規模のワールドワイド・ヘッドライン・ツアーなど精力的にライヴ活動を続けたバンドはしばらくオフを取りつつ新作の準備に取り掛かり、プロデューサーに大ヒット・メイカーとして知られるマット・ラングを迎え、2008年から最新作のレコーディングを開始させる。まずバンドはスイスにあるマットのスタジオを訪れアルバム全体の構想と3曲のレコーディングを終え、その後バンクーバーにあるチャド所有のスタジオにレコーディング・スタジオを移し、じっくりと制作された『ダーク・ホース』を2008年11月に発表。全米アルバム・チャート初登場2位を記録し、初週で300万枚以上を売り上げ、発売後40週以上を経過した時点でもアルバムTOP30以内にチャート・インを続けたモンスター・アルバムとなった。『ダーク・ホース』からは「ガッタ・ビー・サムバディ」「アイド・カム・フォー・ユ」「イフ・トゥデイ・ワズ・ユア・ラスト・デイ」「バーン・イット・トゥ・ザ・グランド」、「ネヴァー・ゴナ・ビー・アローン」という大ヒット・シングルが生まれた「バーン・イット・トゥ・ザ・グランド」はバンクーバーオリンピックの閉会式において披露され、日本でも話題となった楽曲である。

2009年11月には新木場STUDIO COASTにて約7年ぶりの単独公演を行い、サマーソニック2010にて再来日、12月にはMTV JAPANが制作したNICKELBACK自身が日本のファンの為に旅をプロデュースしたスペシャル・プログラム、「TRIP & TREAT:NICKELBACK」 が放送されたりと日本での知名度を明確なものにした。そんな中、昨年末にアメリカのビルボード誌が発表した「Best of 2010」にてアルバム・セールス、デジタル配信、ラジオでのオンエア回数などを基に作成されているランキングにて、『ダーク・ホース』がハードロック・アルバムで見事1位となった。リリースされたのは、2008年11月、2年以上も前に発売されたアルバムがベスト1位に選ばれるのは、NICKELBACK だからこそ出来たのだ。そんな21世紀を代表するロック・バンドNICKELBACKは、ファンの間ではかなりの日本フリークだとして知られている。フロントマンのチャドは1週間のうち必ず2日は夕食に日本食/寿司を食し、ドラムのダニエルは桜や鯉、武者(和彫りに憧れたそうだ)のタトゥーを彫り、愛犬は柴犬。ギターのライアンは来日中時間を見つけては神社仏閣巡りに、ベースのマイクの子供は日本語の授業を受けているなどなど、あげ始めるとキリがない程の話題が出てくる。彼らの来日に再び期待したい。