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9/27(火)東京 渋谷クラブクアトロ 主催・企画/制作:クリエイティブマンプロダクション |
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Erik Ohlssonエリック・オルソン(g) Mathias F?rmマティアス・ファーム(g) Fredrik Larzon フレデリック・ラーゾン(ds) 当初スウェーデン語で歌うバンドにいたエリック、マティアス、ニコラの3人は、スケートボード・ビデオで流れるOPERATION IVY、DESCENDENTS、BAD RELIGIONなどのアメリカのパンク・バンドに夢中になり、スケートボードのトリックMELANCHOLYのスペルを変えてMILLENCOLINとし、英語で歌うバンドを結成。'93年初め10曲入りのデモ・テープ「GOOFY」をレコーディングし、その直後にラーゾンが加入、当初ドラマーだったマティアスはギタリストとなる。 '93年夏新たな10曲のデモ・テープ「MELACK」(後に様々なコンピレーションに収録)をダン・スワノ(EDGE OF SANITY)のもと録音。このデモをきっかけにBurning Heart Recordsと契約する。'94年6曲入りシングル「USE YOUR NOSE」を発表。その後シングル「SKAUCH」を出した後、1stアルバム「TINY TUNES」をリリース(これは後に、タイトル、ジャケットが、ワーナー社のアニメ「LOONY TUNES」に類似として訴訟問題になりかけ、「SAME OLD TUNES」とタイトルを変え再発売された)。この後バンドはスウェーデン国内だけで100本以上もライヴを行う。 2枚のシングル「DA STRIKE」「THE STORY OF MY LIFE」を経て、95年秋2ndアルバム「LIFE ON A PLATE」を発売。このアルバムからはシングルとして「MOVE YOUR CAR」がカットされる。スウェーデン以外の国でもライヴを行うようになり、国外でも知られるようになってきた彼らにEpitaphの社長ブレット・ガーヴィッツがコンタクトしてきたのもこの頃。このアルバムは96年3月アメリカでEpitaphより発売され、同時期にNO FUN AT ALLとの初来日公演を大盛況のうちに終了した彼らは、オーストラリア、北米、ヨーロッパなどで計150本余りものライヴを行う。 97年サード・アルバム「FOR MONKEYS」、シングル「LOZIN' MUST」を発表。これを最後にプロデューサーのダン・スワノがUnisoundスタジオを売却、以降はマティアスがここを所有しSoundlabスタジオに改名。’97年5月から'98年8月まで計200本にも及ぶワールド・ツアーを行った後(日本公演は97年10月)、バンドはオフをとる。その間、初期の2枚のシングルとその他のシングルB面曲、コンピレーションに提供した曲を集めた企画盤「THE MELANCHOLY COLLECTION」や、ビデオ・クリップ、世界各地でのライヴ映像を収めた初のビデオ作品「Hi-8 ADVENTURE VIDEO」を発表。 99年夏プロデューサーに元BAD RELIGIONのギタリストで Epitaphレーベルの社長ブレット・ガーヴィッツを迎え、初のアメリカ録音を敢行。この4thアルバム「PENNYBRIDGE PIONEERS」は2000年2月に発表、WARPED TOURへの参加や2度の全米ツアー(“PUNK-O-RAMA Tour”) 及びヨーロッパ・ツアー、OFFSPRINGのサポート・アクトとしての米国西海岸ツアーを行う。2001年秋GOO GOO DOLLS、LEMONHEADS他を手掛けたルー・ジョルダーノをプロデューサーに迎え制作した5作目「HOME FROM HOME」を、2002年3月発表。そして今年、FAST TUNE満載、3年振り通算6枚目のNEW ALBUMと共に来日が決定。日本公演は’96年のNO FUN AT ALLとの初来日公演、’97年のSAMIAMをサポートに従えてのツアー以来の来日となる。 |